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Produce Next Report

~M&Aで戦略目的を達成するために~

取締役 甲斐 健太郎

~第2回M&Aが最善の手段なのか~

昨今、数、規模ともに拡大しているM&Aやスタートアップへの投資について、確実に戦略目的を達成し、インパクトを出していくためには以下の3点について検討していくことが重要と考えている。

・何のためにM&Aやスタートアップへの投資を行うのか

・そのためにM&Aやスタートアップへの投資が最善の手段なのか

・M&A後戦略目的に向けたインパクトを出すためにPost Merger Integration(PMI)を成功させるポイントは何か

前回、上記のうち1点目について、M&Aは目的ではなくあくまで手段であること、まずは企業価値向上あるいは生き残りに向けた力強い戦略を確立すること、M&Aはどのような目的の際に活用されるのか、という点について述べた。今回は上記の2点目「M&Aやスタートアップへの投資が最善の手段なのか」について記述したい。M&Aは(特に買い手の観点からは)他社のリソースを活用して事業成長を図ろうとするものだが、必ずしも過半数以上を買収して経営権を取得しなくとも、業務提携、資本業務提携という形でも他社のリソースを活用することはできる。昨今買収価格が高額化する傾向にもあり、投資対効果という観点からもどの選択肢のとるかは検討が必要な論点と考えている。(以下M&Aという言葉のこの記事内の定義としては、過半数以上を買収して経営権を取得すること、としたい。)

M&Aがよく行われるケースとして規模の拡大を目指すものがある。販売チャネル、拠点の拡大、生産力の拡大などにより、市場シェアを上げ、スケールメリットや管理部門の合理化などでコスト構造を改善し、業界の再編を促し、その市場での勝者となろうとするものなどが上げられる。この場合は業界内のプレーヤー数を減らして数社に集約していくという観点からもM&Aが行われることが多くある。他方、販売チャネルを拡大したいのであれば、販売代理店化といった提携、生産力を拡大しスケールメリットを出したいのであれば委託生産や生産施設の共用、管理部門の合理化においては業界内でのシェアードサービス構築など、M&Aを行わず、業務提携や資本業務提携でも(場合によっては業務委託という通常の取引でも)目的を達成できる可能性がある。M&Aありきではなくどの選択肢をとるのが適切かフラットに検討することも必要ではないかと考えている。その際には投資対効果、実現の難易度などが主な検討軸となる。例えば、M&Aだと高すぎてその分のリターンが得られそうにない、資本業務提携でも出来る部分があるのではないか、ROIがよいのではないかといった検討や、業務提携後の両者間での調整がうまくいきそうにない、やはりM&Aをしたほうがよいといった判断等により、適切な手段の選択が行われることが求められる。

M&Aがよく行われる他のケースとしては、すぐれた技術力・開発力やそれを活用した商品/サービスを取り込み、よりイノベーティブな企業となり競争力を高めるというものもある。この場合でもやはり、投資対効果という観点からM&Aが適切な手段かという検討が求められる。特にこのケースでは、今売り手側企業が持つ売上に加えて、その優れた技術力・開発力・商品/サービスが生み出すであろう将来の売上げから考えて買収価格が適切かという観点が必要で、難易度の高い判断が求められる。加えて、このケースではリスクを入念に考えておく必要がある。すぐれた技術力・開発力はその企業が持っているというより、詰まるところ特定の「人」が持っているということはよくある。また、「人」だけでなく、その会社が持つカルチャーが高い技術力、開発力の源泉の一つであることも十分想定できる。そのような場合、そのキーパーソンが離職する、カルチャーが変わってパフォーマンスが落ちるということになれば、M&Aをした効果が減じてしまい、大きな損失となる可能性もある。そうしたリスクがある場合、M&Aを行うのではなく、そのキーパーソンを引き抜く、特許の独占使用権を得る、ゆるやかな資本業務提携としカルチャー維持を優先する、といった他の手法も考えられる。

もう一つのケースは、新規事業・多角化を展開する上で他業界の企業、新興企業やスタートアップなどをM&Aするケースである。この場合、「スピードを買う」ということがM&Aの効用としてよく言われ、非常に有効にインパクトを出せるケースと考えられる。このケースの検討点はやはり投資対効果であり、十分なROIを出すために、その新規事業を自社のリソースを活用することでどれだけスピードアップできるのか(シナジーを出せるのか)が重要となる。また、新規事業を推進している企業とは人材のキャラクター、仕事の進め方、カルチャーなどに買い手企業と大きな違いがあることも往々にして起こり、経営権を取得したとしてもどれだけ干渉するのかは難しい判断となる。ROIを得る上で不確実性が高い場合、経営権を取得し干渉することにより売り手企業のパフォーマンスに悪影響を与える可能性が高い場合は、業務提携、資本業務提携から始めるということも選択肢になると考えられる。

以上、戦略目的を達成する上でM&Aを選択する際に、他の手段も検討することの必要性について述べた。M&Aありきの検討に固執せず、業務提携、資本業務提携という判断を行うことも一つの方向性だと考えている。その上でM&Aが最適な手段であり、実際にM&Aを行った場合、その後いかに買収した企業をマネージ(PMI)し、戦略目的を達成するかが言うまでもなく最重要となる。業務提携や資本業務提携は相手企業との方向性、実行の調整、合意が込み入り難易度が高くなることが多く、M&Aで経営権を取得した方がよりスムーズに戦略の実行に移せるという意見もある。しかしながら、M&A後のPMIが必ずしも業務提携・資本業務提携における調整よりも容易だとは言えない局面となることも多い。次回はそのPMIにおいて特に留意すべき点について考察したい。