第15回目は、AI(人工知能)時代の人材育成について、ご紹介いたします。
まずは「簡単な頭脳労働(≒機械的な判断業務)」が真っ先に AI に置き換わる。例えば、コールセンターへの問い合わせ
に対して回答候補を挙げ、経験が少ないオペレーターでも短時間で正しい対応ができる仕組みを、IBM がワトソンというコグニティブコンピューティングを活用して提供している。みずほ銀行はワトソンを活用しながら、簡単な問い合わせであればオペレーターではなくワトソンが直接回答する仕組みも開発している。
「一つ一つは機械的な作業でも、組み合わせや優先順位付けが鍵の業務」、例えば秘書業務も代替されていくだろう。スケ
ジューリングや、簡単なメールの送信、会食場所の予約など、一つ一つはシンプルだ。しかし、優先順位を判断したり、これまでの上司の好み/考え方を踏まえて行う必要がある。こういった部分も Apple の Siri 等のアシスタント機能を進化させれば、極めて安価に提供できる。
例えば、Facebook の AI「M」のテストでは、ホテル予約、おいしいレストランの紹介、翻訳、旅行の予定表作成等に成功し
ている。全従業員に「デジタル秘書」がつく時代もすぐそこに来ているかもしれない。
また、将来的には弁護士、会計士等も、複雑で暗黙知が重要とはいえ「ルールに従った処理」が中心なので、置き換わると
言われている。実際、UBIC 社は、パラリーガルと呼ばれる専門職がやっていた裁判の証拠に使う不正メールの初期検出を、
自社の AI で代替するサービスをすでに提供している。
これらにより、人間はより複雑な判断や、ホスピタリティあふれる接客等、より価値の高い業務に集中することができる。
さらに、ロボティクスと組み合わせると、状況判断し、作業に習熟するロボットも生まれる。実際、Preferred Networks 社
は、ディープラーニングという学習手法を活用して、信号なしの交差点を効率よく横断する方法をロボットカーに習熟させることに成功している。
これらの技術を進化させると、「肉体労働」の領域も置き換わる。店舗、介護、農業、災害救助等、多くの人材不足の領域
で労働力が確保される。例えば、サイバーダイン社の HAL という介護支援用ロボットは、人間が体に装着し、介護の力仕事
を支援し、職業病ともいえる腰痛を予防することができる。このロボットでは、学習するのはロボット側ではなく、人間の脳だが、「脳とロボットを(電気信号によって)つなぐ」というところまで技術が進化している。このまま人間中心でロボットは「支援」という技術開発の方向性もあるし、人間の「学習機能を AI に置き換える」ことも考えられる。
これらにより、少子高齢化による労働力不足という社会問題を解消しうるのだ。(移民受け入れか、習熟するロボットかの
「選択の問題」になる)
最後は、「複雑な頭脳労働」を置き換えるか否かだろう。例えば、基礎研究段階での投資優先順位の判断や、複雑な病気
の診断や、アートの領域を AI に任せることができるか、という論点だ。ここは、人数は絞られるだろうが、おそらく人間の関与が続くだろう。当面は、AI の不完全性を人間が補完するために。将来的には、AI の暴走(と、人間が信じるもの)を人間が歯止めするために。
暴走とまでいかなくても、すでに人間を AI が凌駕しつつある領域はいくつかある。例えば、Google が買収した DeepMind
社の AI は、ディープラーニングによりブロック崩しのゲームをゼロから学習し、4 時間で人間を超え、2 週間後には人間の 5 倍
以上のスコアを得られるようになった。コネチカット大学の「ビッグデータと戦略マーケティング」の授業では、データサイエンティスト
に頼らずにビッグデータ解析をする手法を、IBM 社のワトソンアナリティクスを活用して教えている。また他の事例でも、AI がディ
ープラーニングで学習した結果の式は、数学の大学教授でも読み解けないほど複雑になってきている。
しかし、悩ましいのは例えば自動運転自動車の制御 AI に、「子供が道路に飛び出してきた。ブレーキを踏めば後続のバイク
を巻き込む事故になる。ブレーキを踏まないと子供をひいてしまう。どうする?」といった判断を任せることができるか、というような
問題だ。簡単に言うと、「どちらを殺すか?」という議論だ。技術のみならず、倫理観、法制度等多くの領域からの議論が必要
となるが、なかなか結論は出しにくいだろう。もちろん、任せることのメリットも大きいのだが・・・
以上のことから、今後、「現在人間が行っている業務」の多くは、AI やロボットが代替してくれる世の中になっていくと考えられ
る。